記事一覧 · 公開日 2026-10-23
トランスアトランティック・アクセントとは:昔のハリウッド映画のあの話し方は、オーストラリア人とカナダ人がアメリカ人に教えたものだった
1930年代や40年代のハリウッド映画を観ると、俳優たちの話し方がどこか不思議に聞こえます。アメリカ英語らしい r の響きがなく、イギリスっぽさが漂うのに、紛れもなくアメリカ人なのです。これは Transatlantic accent(トランスアトランティック・アクセント)、別名 Mid-Atlantic accent と呼ばれる話し方で、直訳すれば「大西洋のまん中のアクセント」。生まれつきこう話す人はどこにもいません。教室で教えられたアクセントなのです。考え出したのはオーストラリア人の音声学者で、教科書にまとめたのはカナダ人でした。この記事では、その起源、聞き分け方、第二次世界大戦後にほぼ消えてしまった理由、そしてTOEIC学習者にとって最も役に立つ教訓——「中立なアクセント」というものは存在しない——についてお話しします。
昔の映画の俳優は、なぜあんなに不思議な話し方をするのか?
『フィラデルフィア物語』(The Philadelphia Story、1940年)を観てみてください。Katharine Hepburn が口を開いた瞬間、何かが違うと感じるはずです。car は「カー」とだけ発音され、語尾の r の響きが消えています。can't の母音はアメリカ人より広く、イギリス人に近い響きです。そしてどの子音もくっきりと発音され、まるで劇場の最後列に向かって話しているかのようです。
想像するより、本人の声を聞くのが早いでしょう:
(英語字幕は初期状態でオンです。再生できない場合は YouTube で視聴してください。)
ところが、彼女はアメリカ人でした。コネチカット州に生まれ、ペンシルベニア州のブリンマー大学(Bryn Mawr College)で学んでいます。同じ映画に出ている Cary Grant もほぼ同じ話し方をしますが、彼はイギリス人です。1904年にブリストルで Archibald Leach として生まれ、十代でアメリカに渡りました。アメリカ人とイギリス人が、スクリーンの上では同じアクセントで話している。しかもそのアクセントは、どちらの国のものでもないのです。
これがトランスアトランティック・アクセントです。Mid-Atlantic accent とも呼ばれます。「mid-Atlantic」とは、イギリスとアメリカの中間という意味。まるで両国を行き来する大西洋航路の客船の上で身につけたかのような呼び名です。
でも、客船の上でアクセントが育つことはありません。このアクセントは、設計され、教えられたものなのです。
トランスアトランティック・アクセントを発明したのは誰?
オーストラリア人:William Tilly
話は、オーストラリア生まれの音声学者 William Tilly から始まります。彼は1918年からニューヨークのコロンビア大学の公開講座で音声学を教え、英語圏には地方のアクセントを超えたひとつの標準発音が必要だと主張しました。彼はそれを「World English」と名付けています。彼に言わせれば、強い地方なまりは田舎くささの印でした。
その標準のベースになったのは、イギリスの Received Pronunciation(RP)、つまり昔ながらのBBCアナウンサーが話していたイギリス上流階級のアクセントで、そこにアメリカ式の調整がいくつか加えられていました。ポイントは、母音のひとつひとつ、子音のひとつひとつが厳密に規定されていたことです。規則として書き出し、ドリルで練習できるものだったのです。
カナダ人:Edith Skinner
Tilly の最も重要な教え子が Edith Skinner です。彼女は1902年にカナダのニューブランズウィック州モンクトンで Edith Warman として生まれ、1926年に Tilly の助手になりました。
1942年、Skinner は Speak with Distinction を出版し、この発音体系を俳優向けの教科書にまとめました。彼女はそれを「Good Speech」、あるいは「Good American Speech」と呼んでいます。彼女自身の定義はおおよそこうです。地方的な特徴のない北米英語であり、北米の英語だとわかりながらも古典劇にふさわしく、楽に発音でき、劇場の最後列でもはっきり聞き取れるもの。
彼女はカーネギー工科大学(現在のカーネギーメロン大学)で何十年も舞台発声を教え、教え子たちは代々ブロードウェイやハリウッドへと巣立っていきました。この本は今でも販売されていて、2007年には改訂版も出ています。
系譜を整理するとこうなります。オーストラリア人が考案し、カナダ人が教科書にまとめ、アメリカ人がちょっとイギリス人っぽく話すように教わった。源流には、アメリカ人がひとりもいないのです。
トランスアトランティック・アクセントはどう聞き分ける?
Skinner の Good Speech を基準にすると、特に聞き取りやすい特徴は4つあります。
| 特徴 | トランスアトランティック | 現在の一般的なアメリカ英語 | 例 |
|---|---|---|---|
| 母音の後の r | 発音しない(イギリス式) | 発音する | car, park, mother |
| ask 型の単語の a | 広め。アメリカ英語の cat とイギリス英語の father の中間 | cat と同じ母音 | ask, dance, can't, half |
| 母音に挟まれた t | はっきりした t | 軽い d のようになることが多い | better, water, city |
| wh で始まる単語 | 先に息をひと吹き。which と witch は別の音 | 2語は同じ音 | which, what, when |
最も重要で、最も裏付けがしっかりしているのが1つ目の特徴です。言語学者の Labov, Ash and Boberg は Atlas of North American English(2006年)の中で、イギリスの RP の特徴である r を発音しない話し方が、アメリカでも「was also taught as a model of correct, international English by schools of speech, acting, and elocution」——話し方・演技・発声法の学校で、正しい国際的な英語の手本として教えられていた——と書いています。それは第二次世界大戦の終わりまで続きました。
2つ目の特徴には、人工的なところがはっきり表れています。イギリスの RP では ask や dance を father の広い a で発音し、アメリカ人は cat の a で発音します。Skinner はどちらも選びませんでした。その中間の母音を定め、どの単語がその音になり、どの単語がならないかを示す完全な「Ask-List」まで用意したのです。一覧表を引かないと話せないアクセントが、自然に育ったはずはありません。
昔の映画俳優はなぜみんなあの話し方だったのか?マイクのせい?
ネットでよく見かける説明に、こんなものがあります。初期のマイクやラジオは音質がとても悪かったので、演者は人並み外れてはっきり発音しなければならず、そこからこのアクセントが生まれた、というものです。
もっともらしく聞こえますが、それを裏付ける言語学の研究は見つけられませんでした。しかもこの説には明らかな穴があります。同じアクセントは劇場や教室でも教えられていたのです。舞台にマイクはありませんし、Tilly の音声学の授業は録音のために作られたものではありません。
社会的な説明のほうがしっくりきます。20世紀初めのアメリカでは、イギリス上流階級のアクセントは教養と文化の印でした。古典の演目といえばシェイクスピアで、舞台俳優はもともとイギリス風の話し方をまねていました。俳優養成所も、発声法の学校も、ラジオ局も「標準」を求めていて、Tilly と Skinner はきちんと書き起こされ、練習できる標準を差し出したわけです。1927年にハリウッドがトーキーに切り替わると、「正しく話せる」俳優が急に大量に必要になりました。そしてこのアクセントは、すでに用意されていたのです。
教えられたバージョンとは別に、アメリカ北東部の上流階級には、ニューイングランドの寄宿学校を通じて代々受け継がれてきた、よく似た生まれ育ちの話し方もありました。Franklin D. Roosevelt 大統領はマサチューセッツ州のグロトン校(Groton School)で学び、ラジオの「炉辺談話」をその r を発音しないエリートのアクセントで語っています。俳優たちはお金を払ってそれを学び、Roosevelt はただそういう話し方の中で育ったのです。
トランスアトランティック・アクセントはなぜ消えたのか?
戦後、このアクセントは急速に姿を消していきました。Atlas of North American English が書いているとおり、このアクセントが教えられたのは第二次世界大戦の終わりまで。その後、話し方の学校はこれを標準として扱わなくなり、次の世代の生徒たちはそもそも習わなくなりました。
映画の好みも変わりました。1950年代の初め、Marlon Brando は『欲望という名の電車』(A Streetcar Named Desire)を「メソッド演技」で演じます。もごもごしたセリフ回し、街なかのなまり、本物の人間のような声。彼と並べると、くっきりしたトランスアトランティック・アクセントは急に気取っていて、古くさく、よそよそしく聞こえるようになりました。
Skinner の方法は、のちに同じ業界の中からも批判されます。演劇教授の Dudley Knight は、1997年の論文 "Standard Speech: The Ongoing Debate" の中で、「Good American Speech」は根本的にエリート主義だと論じました。ある階級のアクセントを「正しい」と呼ぶことは、それ以外の人々のアクセントを正しくないと言うのに等しい、というわけです。この論文は、発声指導の世界にしばらく波紋を広げました。
一方、Katharine Hepburn は生涯その話し方を変えませんでした。2004年、Cate Blanchett は『アビエイター』(The Aviator)でそのアクセントごと Hepburn を演じ、アカデミー助演女優賞を受賞しています。今日このアクセントを耳にするのは、たいてい誰かが昔の映画をまねるときか、わざと上流階級の人物を演じるときくらいです。
要注意:「Mid-Atlantic」にはもうひとつの意味がある
「Mid-Atlantic accent」を調べてみると、まったく別のものが出てくるかもしれません。
アメリカでは「the Mid-Atlantic」は東海岸の中ほど——ニューヨーク、ニュージャージー、ペンシルベニア、デラウェア、メリーランド——を指す地理用語でもあります。言語学者が Mid-Atlantic English と言うとき、それは多くの場合フィラデルフィアやボルチモアの地方アクセントのことです。こちらは正真正銘、その土地で育った本物のアクセントで、昔の映画の話し方とはほとんど正反対です。
一方の「mid-Atlantic」は大西洋のまん中、もう一方は海岸線のまん中。だからこそ、ハリウッドのあの話し方には、混同を避けるために「Transatlantic accent」という呼び方を好む人もいるのです。
TOEICと何の関係が?中立なアクセントは存在しない
Tilly が夢見たのは、地方的な特徴を持たず、世界中で通用する英語の発音でした。その夢がどう破れたのかは、今英語を学んでいる人にとって示唆に富んでいます。
第一に、「アクセントのない」英語は、必ず誰かのアクセントです。 トランスアトランティック・アクセントは中立を名乗っていましたが、その中身はアメリカ風の味付けをしたイギリス上流階級のアクセントでした。今「標準的なアメリカ英語」とされている発音も、同じように特定の地域のアクセントです。英語を話す人には、誰にでもアクセントがあります。問題は、それが誰のアクセントなのか、そしてその時代に誰のアクセントが「正しい」とされているのか、ということだけです。
第二に、TOEICはそもそもひとつのアクセントを目指していません。 TOEICのリスニングは、アメリカ、イギリス、オーストラリア、カナダという4つの実在するアクセントで録音されています。ETSが公開している公式サンプル問題では、リスニングスクリプトのすべてのセリフに話者のアクセントが記されています。W-Am、W-Br、M-Au、M-Cn です。このテストは、存在しない「標準アクセント」と照らし合わせているのではなく、現実の世界のさまざまな人の話を理解できるかを確かめているのです。
第三に、自分が話すときの目標は、理解してもらうことであって、誰かになりすますことではありません。 ハリウッドの俳優たちが何年もかけて Skinner の Ask-List を練習したのは、それが仕事だったからです。ask をイギリス人のように発音する必要はありませんし、カリフォルニア出身のふりをする必要もありません。はっきりしていて、一貫していて、相手に伝わる——それが良い英語です。
いつものように、いくつかの注意点
資料は、望むほど多くはありません。 トランスアトランティック・アクセントの歴史は、主に俳優養成に関する本や記事の中で語られていて、厳密な言語学の研究はあまりありません。Tilly と Skinner の経歴、師弟関係、Speak with Distinction の出版年については、どの資料も一致しています。一方で、誰が誰に教わったのか、どの俳優がこのアクセントを学び、どの俳優が生まれつきそう話していたのかといった話は、言い伝えにすぎないことも多いです。この記事では、出典をたどれたことだけを書いています。
マイク説が間違いだと証明したわけではありません。 言えるのは、それを裏付ける研究が見つからなかったこと、そしてマイクのない場所でもこのアクセントが教えられていたことだけです。初期の録音技術が、くっきりした発音を有利にした可能性は十分にあります。ただ、それがこのアクセントの起源ではない、ということです。
「人工的」は「偽物」という意味ではありません。 Hepburn や Roosevelt の世代の、教育を受けたアメリカ北東部の人々にとって、これは単に普段の話し方でした。教えられたアクセントも、ほかの方法で身についたアクセントと、それほど違うわけではありません。誰もが、自分のアクセントを周りの人から学んでいるのですから。
TOEICでアクセントの聞き分けが問われることはありません。 この記事はアクセントの歴史についての話で、特定の設問への対策ではありません。それに、TOEICでトランスアトランティック・アクセントを耳にすることもありません。
ハンディ990の「アクセント聞き比べ」では、同じ文をアメリカ英語、イギリス英語、オーストラリア英語で再生できます。「アクセント当て」では、1つの音声クリップを聴いてアクセントを言い当てます——大切なのはどのアクセントが正しいかではなく、どれも聞き取れるようになることです。アクセントの実際の違いについてはTOEICのリスニングが聞き取れないのはアクセントのせい?を、英米で異なる単語についてはイギリス英語とアメリカ英語の単語の違いを、スペルについてはイギリス英語とアメリカ英語のスペルの違いをお読みください。